「ゲーム依存症」の「原因を推論する」
どうも、寂しがりエアムードです。
先日、ユーチューバーのKUNさんが「ゲーム依存症」について話していました。
彼の個人的な体験はともかく、すごく共感したので紹介したいと思います。
ゲーム依存症とかまだそんなバカな話してるんですか?【KUNラジオ】
詳しくは動画を見てもらえればいいと思うのですが、
端的に言うと、
「ゲームに依存すると、現実生活に支障をきたす」のではなく、
「現実生活から逃避するために、ゲームに依存している」のだ。
という主張です。
つまり、ゲーム依存に陥る順序に関して、逆転した議論がなされていると。
これは多少なりともゲームに嵌ったことのある人なら実感があるのではないでしょうか。
勉強や学校がめちゃくちゃ充実していれば、普通はゲームやネットの世界になんか嵌りませんよね?
「ゲーム依存」(ここではあえてこの言葉を使います)を脱するためには、
「ゲームを断つ」のではなく「リアルを充実させる」しかないのは当然なのです。
それなのに、なぜこのような低レベルな議論が繰り返されるのでしょうか?
「原因を推論する」ことの大切さ
この本は、私の学部で必ず読まされる方法論の本です。
これも詳しくは自分で読んでもらいたいのですが、
社会科学において、適切な理論を立てて研究を行うための手引きが
とても分かりやすく書かれています。
本の中では様々な議論がなされていますが、
その中で最も本質的な議論がこれだと私は考えています。
因果関係が成り立つための3つの条件
①共変関係があること
→原因と思われることが変化すると、
それにつれて結果と思われることが変化する
②前後関係が正しいこと→当然だが、原因とされることが結果に先行して起こってる
③条件をコントロールしても共変関係があること→ほかの条件を揃えたりコントロールしたうえでも、共変関係がある
これにあてはめて「ゲーム依存症」の議論を考えてみます。
まず、この図を見てください。よくあるゲームと学力の相関図です。
確かに「ゲームをたくさんしている子どもほど、学力が落ちる」ように見えます。
すなわり、ゲームと学力には因果関係があるようにぱっと見は見えますが、
三つの条件を一つずつ検証していきましょう。
まず、ゲームをする時間が増えれば、物理的に勉強に割く時間は減ります。
とりあえず①の条件はクリアと言ってもいいかもしれません。
しかし、②の条件を満たしているかは疑問です。
たとえ、「ゲームたくさんしている子どもの学力が低くても」、
「ゲームをたくさんしている子どもほど、学力が落ちる」とは限りません。
(前者を相関関係、後者を因果関係と言ったりもします)
KUNさんの言うように「勉強が面白くないから、ゲームに依存している」
という可能性を捨てきれないのです。
そして、③の条件に対しても疑問の余地があります。
例えば、「教育熱心な親の子どもは学力が高く」、
「教育熱心でない親は子どもにゲームを与える場合が多い」という事実があった場合、
一見「ゲームをたくさんしている子どもほど、学力が落ちる」ように見えます。
しかし、この場合の学力不振の原因はあくまで「親の教育への怠慢」で、
「ゲームをたくさんしていること」ではありません。
つまり、②と③の条件が成り立たないので、
「ゲームをたくさんしている子どもほど、学力が落ちる」
という因果関係が成り立ってるとは言えないのです。
(もし本気で検証するなら、一卵性双生児の片方にだけゲームを与えて、
対照実験するしかないと思います。人道的に無理ですが)
まとめ(というか自分語り)
幼い頃から感じていましたが、ゲームへの風当たりの強さは、
新しいものが社会に登場した時の風当たりの強さだと思います。
私は根っからのゲーマーなので、
ゲームに社会の問題の原因を押し付けるようなやり方に我慢がなりません。
いつか成功して、
「私はSplatoonを1500時間は遊んでたから、今の自分があります」
とか言ってみたいなあと思うのでした。